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高知地方裁判所中村支部 平成7年(ワ)22号 判決

原告

有田一正

ほか一名

被告

伊吹徳広

ほか一名

主文

一  被告伊吹徳広は、原告有田一正に対し、金一三一四万六一六七円及びこれに対する平成五年七月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告有田小夜子に対し、金一二五四万六一六七円及びこれに対する右同日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らの被告伊吹徳広に対するその余の請求及び被告三代木一郎に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用については、原告らに生じた費用の三分の一及び被告伊吹徳広に生じた費用を被告伊吹徳広の負担とし、原告らに生じたその余の費用及び被告三代木一郎に生じた費用を原告らの負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

一  被告伊吹徳広(被告伊吹という。)は、原告有田一正(原告一正という。)に対し、三五一三万三〇一六円及びこれに対する平成五年七月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告有田小夜子(原告小夜子という。)に対し、三三九三万三〇一六円及びこれに対する右同日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  被告三代木一郎(被告三代木という。)は、原告ら各自に対し、それぞれ二七五万円及びこれに対する平成五年七月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二争いのない事実及び争点

一  交通事故の発生(争いのない事実)

1  日時 平成五年七月一八日午後一一時二五分頃(本件事故当時という。)

2  場所 高知県宿毛市橋上町神有三二九番地先路上(本件現場という。)

3  態様 (一) 被告伊吹は、軽四輪乗用自動車(高知五〇け五八二二号)(伊吹車という。)を運転して、本件現場を二ノ宮方面から楠山方面に向けて前照灯を近射状態にして時速約七〇ないし八〇キロメートルで進行中、路上に横臥していた有田弘(被害者という。)を轢過して即死させた。

(二) その後、被告三代木は、普通乗用自動車(高知五七と二九二八号)(三代木車という。)を運転し、本件現場を二ノ宮方面から楠山方面に向けて進行中、被害者の死体を轢過し、損壊した(但し、損壊については明らかには争わない事実。)。

二  争点

1  被告伊吹の行為における被害者の過失割合

2  被告三代木による被害者の死体の損壊は、その両親に対する不法行為となるか。

3  被告三代木に過失が認められるか。

4  原告らの損害額

第三当裁判所の判断

一  被告伊吹の行為における被害者の過失割合について

1  証拠(甲七、八の1ないし7、一五、一六、乙一、三ないし六、八、一二、一四ないし一六、一九の1ないし4、被告伊吹)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件現場の道路は、片側一車線の幅員約五・六メートル、外側線の両外側に約〇・六ないし〇・八メートルの(路)側帯があり、その東片側には、幅員約二・七メートルの自歩道があり、最高速度の指定がなされておらず、主要県道宿毛津島線という名称の、この地域における幹線的な道路であること。

(二) 本件現場付近は農村地域であり、本件現場の西側は田で東側は宿毛市消防団橋上分団神有部屯所であること。

(三) 本件現場付近は、明かりとして前記屯所の赤色門灯がある程度で、路上を照らす街灯や民家の灯りはなく、本件事故当時、月明かりもなかつたこと。また、本件現場の道路を二ノ宮方面から楠山方面に進行すると、左に緩やかにカーブし、道路西側(進行方向左側)端に設置されていたガードレール(高さ約〇・八一メートル)のために進行車線上の見通しがやや妨げられていたこと。

(四) 被告伊吹は、対向車がないにもかかわらず前照灯を近射状態にして伊吹車を運転していたところ、本件現場の約一六・二メートル手前で進行車線の中央辺りに黒つぽい塊を発見し、犬の死骸であると考えてハンドルを軽く右に切つて回避しようとしたができず、黒っぽい塊を伊吹車の中央部付近で乗り越えるようにして通過したが、黒つぽい塊が路上に横臥した被害者であつたので、その頭部付近に伊吹車前部を衝突させて被害者の身体を轢過することとなり、その結果、被害者を頭部挫滅により即死させたこと。

2  右認定した事実及び前記争いのない事実を総合すると、被告伊吹の行為における被害者の過失割合については、被害者が夜間に路上に横臥していたものであることから、五〇パーセントを基本として、本件現場の道路が幹線的な道路であること及び緩やかに左にカーブしガードレールにより進行車線上の見通しがやや妨げられていたことにより加算修正し、被告伊吹が法定速度を時速約一〇ないし二〇キロメートル超える速度でかつ前照灯を近射状態にして運転していたことにより減算修正して、過失相殺率は五〇パーセントというのが相当である。

二  死体の損壊はその両親に対する不法行為となるか。

原告らは被告三代木により被害者の死体が損壊されたことで精神的苦痛を被つたとして慰籍料を籍しているところ、近親者が死者に対して敬愛追慕の情を抱き死者を懇ろに弔い埋葬したいという感情など(以下これを宗教的感情と総称する。)を有しており、その死体が損壊されることにより、近親者の死者に対する宗教的感情が侵害されることは一般的に認められるところであり、かような宗教的感情が侵害されることにより被る精神的苦痛は社会生活上無視できないもので、法的保護に値するものというべきである。

そして、現行法規におけるかような宗教的感情の扱いをみると、刑法一九〇条は死体損壊を処罰の対象としているところ、その保護法益は死者に対する社会的風俗としての宗教的感情一般という社会的法益ではあるが、右社会的法益は各個人の死者に対する宗教的感情の集合体として把握できるものであるから、刑法は個人の死者に対する宗教的感情を法的利益として肯定するものと解することができる。また、角膜及び腎臓の移植に関する法律三条三項は、本文において、医師が死体からの眼球又は腎臓の摘出についてその遺族の書面による承諾を受けなければならない旨を規定し、その但書において、死亡した者の書面による承諾があるときにも、遺族があるときには、医師が右書面による承諾がある旨を遺族に告知し、遺族がその摘出を拒まないときでないと右摘出ができない旨を規定しているところ、かように角膜及び腎臓の摘出について遺族の意思を考慮することは遺族の死者に対する宗教的感情に配慮し、これを法的利益と認めているものと解することができる。

以上によれば、近親者の死者に対する宗教的感情は法的保護に値するもので、現行法上も法的利益として認められるものと解することができる。

そして、近親者のうちどの範囲の者に慰籍料請求が認められるかは一概には決し得ないが、死者の両親が被る精神的苦痛がその最たるものであることは容易に認められるところであり、民法七一一条において死亡した被害者の両親、配偶者及び子に対して固有の慰籍料請求が認められていることにも照らすと、死者の両親は死体の損壊により被つた精神的苦痛について慰籍料を請求し得るというべきである。

三  被告三代木の過失

1  証拠(甲一二ないし一六、乙二ないし五、七、八、被告三代木)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

被告三代木は、前照灯を遠射状態にして時速約七〇キロメートルで進行中、本件現場の約三〇・八メートル手前(A地点という。)で轢過された被害者の死体である黒つぽい塊とその付近に小さな物が散らばつているのを発見したが、これを人体と認識せずに、黒色のゴミ袋が野良犬か何かにより引つ張り破られて中味のゴミが散らかつているものと考え、三代木車の中央部辺りで乗り越えていけるものと判断して、そのまま進行したところ、約九・二メートル手前(B地点という。)で黒つぽい塊が以外に大きく、血のようなものが流れ出ているのを認めて咄嗟に左にハンドルを切つたが回避できず、被害者の死体を、三代木車の中央部辺りで乗り越えるように通過して轢過し、その頭部を離断させるなどしたこと、その後黒つぽい塊が割と大きく、これを乗り越えたときに物に当たる音がしたことからゴミ袋ではなかつたと不審に思い、確認のため五〇〇ないし六〇〇メートル進行した地点でUターンして本件現場に戻り、黒つぽい塊が人体であることがわかつたことが認められる。

右によれば、B地点においては、被告三代木は、黒つぽい塊が人体であるかもしれないとの認識を持つたか、少なくとも持つに足りる事実を把握したことが認められるが、その時点において適切なハンドル及びブレーキ操作等を講じることにより被害者の死体の轢過を回避できたことは、これを認めるに足りる証拠はない。そして、B地点において、被告三代木が時速約七〇キロメートルで走行していた点についても、被告三代木が法定速度の時速六〇キロメートルで走行していたならば被害者の死体の轢過を回避できたことを認めるに足りる証拠もないから、速度超過の点を過失と捉えることもできない。他に、B地点における被告三代木の注意義務違反して検討すべき点はない。

2  そこで、A地点において被告三代木の注意義務違反があつたといえるかを検討する。

まず、被告三代木は、A地点において黒つぽい塊を人体と認識したことを認めるに足りる証拠はない。

そこで、被告三代木において、黒つぽい塊が自動車等に轢過された死体であるかもしれないことを予見し、これを轢過しないように運転すべき注意義務があつたといえるかを検討する。

被告三代木が被害者の死体を轢過した時刻が午後一一時二五分頃であることは当事者間に争いがなく、前記認定のとおり、本件現場の道路は、片側一車線の幅員約五・六メートル、外側線の両外側に約〇・六ないし〇・八メートルの(路)側帯があり、その東片側には幅員約二・七メートルの自歩道があり、最高速度の制限はなく、主要県道宿毛津島線という名称の、この地域における幹線的な道路であること、本件現場付近は農村地域であり、本件現場の西側は田であり東側は宿毛市消防団橋上分団神有部屯所であることが認められ、かつ、証拠(甲七、乙三、五)によれば、本件現場付近の道路西側端(路側帯の西側)にはガードレール(高さ約〇・八一メートル)が本件現場の少なくとも約五〇メートル手前から本件現場の約四〇メートル先まで設置されており、その西側は道路の法面の土手となり、その下は田であることが認められる。

そして、被告三代木がA地点において黒つぽい塊が人体であることの何らかの徴憑を認識していたことを認めるに足りる証拠はない。

以上によれば、午後一一時二五分頃という時間帯に本件現場付近の道路を横断する人があるとか、その路上に横臥する人があるとは通常考えられず、更に、そのような横断者や横臥者を自動車がはねてその死体が路上に放置されていることは通常予見し得ないというべきであり、しかも、被告伊吹においては黒つぽい塊が人体であることの徴憑を認識してはいなかつたのであるから、被告三代木において、黒つぽい塊が人体であることを予見することは不可能であつたというべきであり、A地点において、黒つぽい塊の轢過回避義務が生じたとはいえないというべきである。

3  また、A地点からB地点までの間において、黒つぽい塊が人体であることの何らかの徴憑を認識することができたこと及びその地点において轢過回避可能であつたことを認めるに足りる証拠はない。

4  以上のとおりであるから、被告三代木には被害者の死体の損壊について、過失があつたとは認められない。

四  損害

1  葬儀費用

証拠(甲一、乙一一、一七、一八、原告一正)及び弁論の全趣旨によれば、被害者は、昭和四二年四月一三日に本籍地である高知県宿毛市橋上町神有六一一番地において出生し、以後高等学校卒業まで地元で生活し、その後二年間他県にある専門学校に通つた後地元に戻り、高知ダイハツ販売株式会社を経て平成四年九月から株式会社大和(オートザムなかむら)で自動車整備工として稼働していたこと、葬儀費用は原告一正が負担したことが認められる。

以上の被害者の生活状況、年齢、社会的地位等を勘案すると、葬儀費用として原告一正の被つた損害は一二〇万円というのが相当である。

2  逸失利益

証拠(乙一七、一八)によれば、被害者は高知ダイハツ販売株式会社及び株式会社大和から平成四年に年間二五二万九三二八円の給与所得を得たことが認められるが、被害者において昇給の蓋然性があつたことないしは平均賃金が得られる蓋然性があつたことを認めるに足りる証拠はないから、右二五二万九三二八円に、新ホフマン係数(二一・九七〇)を乗じ、生活費控除率を五〇パーセントとして計算して、被害者の逸失利益は二七七八万四六六八円となる。

原告らが被害者の父母であることは争いがなく、よつて、原告らは、右二七七八万四六六八円の各二分の一を相続により取得した。

3  慰籍料

前記争いのない事実及び前記認定事実によれば、被害者の死亡により原告らが受けた精神的苦痛を慰籍するには各一〇〇〇万円をもつて相当と思料する。

4  以上について、五〇パーセントの過失相殺をすると、原告一正の損害額は一二五四万六一六七円 原告小夜子の損害額は一一九四万六一六七円となる。

5  弁護士費用

原告らが原告ら訴訟代理人に対し、本件訴訟の提起及び遂行を委任し、高知弁護士会報酬規定に基づき、着手金及び報酬金を各二分の一ずつ支払うことを約したことは争いがなく、前記賠償額、本件訴訟の難易その他中間利息をも含めた諸般の事情を斟酌し、証拠(乙一三、原告一正)及び弁論の全趣旨によれば原告らが自動車賠償責任保険の支払請求をしていないことが認められるので、この点をも勘案して、弁護士費用としては一二〇万円(各六〇万円)を本件事故と相当因果関係を有する損害というのが相当である。

6  よつて、被告伊吹の原告一正に対する損害賠償額は一三一四万六一六七円、原告小夜子に対するそれは一二五四万六一六七円となる。

(裁判官 田中寿生)

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